日本臨床睡眠医学会
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第9回 〜「睡眠障害」に別れを告げよう〜

2017 年 3 月 23 日

           


スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真

本当に困る。この「睡眠障害」という言葉のことだ。あらゆる場所に登場するが、その定義について真剣に語られることはない。
このコラムでは、このそこら中に見られるが誰も考えたことのない(ように思われる)「睡眠障害」という言葉について、語ってみることにしたい。

「何が問題なのか?」と不思議に思う人も多かろう。そして「えっ、睡眠医学って そこからなの?」と呆れた方もいるだろう。
そう、私たちの愛する睡眠医学は玄関の、そのさらに前のちょっとした金属製の門扉のところでつまずいている。
睡眠医学の普及が進まないと我々は自虐的によく嘆いているが、そんな場所でつまずいている学問に「さあ、どうぞお入りなさい」と言われてもなかなか入ってくる気にならないのも道理である。

「睡眠障害」という言葉は、睡眠の話題になるとそこかしこに登場する。
テレビやインターネットやパンフレットで頻繁に目にする 。 さらに、この分野の診断の拠り所となる“International Classification of Sleep Disorder(ICSD)“の第2版のタイトルの日本語訳は「睡眠障害国際分類」である。
そして「何が問題なのか?」と思う人の中には「お前、(「極論で語る睡眠医学」などという本で散々批判を繰り広げたあげく)とうとう権威にも楯つく気か?」と刀の柄に手をかけた人もいるかもしれない。
「えー、河合先生ってちょっと過激だよね。距離置いたほうが安全かも」と思った方もいるかもしれない。
そしてクリニックや外来の名前に「睡眠障害」を入れている所も多くあるので「看板や名刺を今更変えるわけにもいかない」という人も多いだろう。

そもそも「睡眠障害」という言葉は「睡眠に関連している疾患群」を意味していたし、今もその意味で使っている方も多いと思う。
しかし、誤用を繰り返されているうちに、使われている「文脈」と使っている人の「素性」を知らないとどういう意味で使われているかがわからない言葉になってしまった。
わかる。わかります。読者の、何を今更という気持ち。それでも言いたい。睡眠障害という言葉は「ややこしい」し「誤解を招く」のだ。
「睡眠障害」に罪はないのだが、誤用を繰り返した結果「ややこしく」なってしまった。
よく思い出してほしい。きっと「んっ?」と思ったことがあるはずだ。

最近問題になった、NHKの「ガッテン」の謝罪放送を見た人も多いと思うのだが、もともとの放送で、
「糖尿病の睡眠障害に睡眠薬を投与すると効果が云々」というところで「ん?」とひっかからなかったであろうか?

大事なことなので強調したいのだが、番組で(偶然に?)登場したスボレキサントも含めあらゆる睡眠薬の適応症は不眠(症)である。
どこにも「睡眠障害」とは書いていない。(図1参照)






当たり前だ。適応症に睡眠障害なんて書いて全ての睡眠に関連する疾患群に医師が睡眠薬を処方し始めたらそれこそ大変なことになる。
あの番組の問題点は登場した患者には自覚症状がなく「そもそも不眠(症)の診断基準を満たしていない」ということであった。
その結果NHKは適応外処方の現場を全国放送してしまったことになる。そして患者の症状を表すために「睡眠障害」という言葉が使われた(意図的かどうかはわからないが)。
もちろん根底に「患者の睡眠をよくすることで血糖コントロールをよくしたい」という登場した医師の善意があると信じたい。ただ、やはり新しい分野に手を出すならまともなお作法を守って欲しいのだ。
内容を理解することなく「睡眠障害」という言葉が使われると、こちらとしては何らかのごまかしがあるのではないかと勘ぐってしまう。

さらに、 次のようなやり取りをどう思うだろう?
「この新薬は 睡眠障害を改善することが示されました」
「なるほど、睡眠障害が改善されれば原疾患の予後も改善される可能性がありますね。」
「翌日の残存眠気はどのくらいの頻度で報告されていますか?」「ほとんどありません。」
「ということは、残存眠気がある場合は不眠以外の睡眠障害を除外する必要がありますね。」


こういうやり取りを勉強会、研究会、そしてそれなりの規模の学会で聞くことがある。
この場合最初の2つの発言までは「睡眠障害=不眠という疾患」として話が進んでいて、最後の最後で「睡眠障害=Sleep Disordersという疾患群」という意味に「大どんでん返し」が行われているのだ。
気持ち悪くて身悶えしてしまう。

これで言いたいことはわかってもらえると思う。
すなわち 「睡眠障害」が、ある時は「不眠(症)」という一つの疾患を意味として使われる。
これはおそらく「睡眠が障害される」→「眠れない」→「不眠(症)」という勘違いで使用されているのだが、本当によくお目にかかる。

また、 不眠だけではなく、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)、睡眠覚醒リズム障害、パラソムニア、RLS、ナルコレプシーなどを睡眠に関連するすべての疾患を含む疾患群を意味して使われている場合も当然ある。
これが本来の用法であり、英語の「sleep disorders」に相当している。

さらに最近よくお目にかかるのだが、「不眠」というほどでもないが、なんとなく眠りの調子が悪いといった「漠然とした睡眠の問題」を意味する言葉としても「睡眠障害」は使われる。
漠然とした主観的な睡眠に関する訴えが「睡眠障害」という言葉で表わされているのだ。サプリやら健康器具の謳い文句でよく聞く「睡眠障害でお悩みの方は◯◯を!」というやつだ。

そしてこれらの意味が本当によく混同される。「ある一つの疾患の話をしているな」と思っていたらいつの間にか「疾患群全体の話」や、「漠然とした訴え」に話がすり替わっているのだ。
そんな議論があったらまともな医療従事者なら「アホなこというな、ちゃんと区別しろ」というだろう 。当たり前のことだ。(詳しくは日本医事新報 No.4121 2003年4月19日p.23を参照

この混乱の原因はどうにもはっきりとはわからない。
もともとの「◯◯障害」というのは精神科の分類でよく用いられる命名方法である。そのこと自体には別に問題はない。
二人の患者が同じ「病気」であるということを証明するのは思っている以上に難しい。特に遺伝子レベルや病理所見で確定していない疾患の場合は「障害」として範囲を広げておかないと臨床上その言葉が使えなくなる。
おそらく睡眠に関連する疾患群を最初「睡眠障害」と呼んだのが始まりなのだと思われるし、その時代には特に問題がなかったのだと思われる。

その上でおそらく「睡眠というものがあまりに身近」で誰もが時々何かを言いたい分野であることが影響してくる。
もともとは「睡眠を専門にしている医療従事者」だけが使っていた「睡眠障害」という言葉を、「非専門の医療従事者」のみならず「睡眠について語りたい素人」が自分達の都合のよいように使ってきた。
その結果、「睡眠障害」という言葉が意味するものに、食い違いが生じてしまった。食い違っていても異なる意味で使用する各々のグループの間に交流がなければ大丈夫なのだろうが、睡眠医学は専門、非専門、素人の境界を越えて混じり合うことが避けられない多分野集学的分野である。それゆえに、学会でもマスメディアでも日常会話でも、あらゆる場所で混乱が生じているのだ 。

現在の世の中は「睡眠障害」という言葉を、「不眠という疾患」の意味で使う人、「 漠然とした睡眠に関する問題 」の意味で使う人、また「睡眠に関連する疾患群」の意味で使う人が混在したカオス状態である。
「一義的に正確に意味を伝える」という言葉の本質的な機能を果たしていない。聞く側は、この言葉が用いられる議論の度に 脳内翻訳を強いられる。
この翻訳作業は「前後の文脈」と「演者が睡眠専門医なのか、非専門医なのか、それとも睡眠の素人なのか」を考慮して行わなければならない。これは結構面倒な作業で、 必ずしも瞬時にできることではない。
いくばくかの時間を取られる上に、聴衆の中には当然議論についていけなくなる人が出る。演者が混同している場合すらある。

ちなみに英語圏では現在この混乱は全くない。なぜなら不眠はinsomniaであり、睡眠の問題はsleep problemsであり、睡眠に関連する疾患群はsleep disordersである。言葉と概念がきっちりと一対一で対応しているのだ。
さらに睡眠研究者が、客観的に睡眠を評価する目的で標準的な終夜睡眠ポリグラフ検査をきちんと実施して、睡眠の質が悪いことを証明した場合にはimpaired sleep qualityという用語が用意されている。
このimpaired sleep qualityという言葉(概念)についても日本語訳として「睡眠障害」が使われることがあり、こうなってくると全く手に負えない状態になる。

さて、愚痴ばかり言っても仕方ない。この状況を脱する方法はある。簡単だ。「睡眠障害」という用語を使わなければよい。
正しく使っているつもりの専門の医療従事者にとっては、後から参入してきた人たちが誤用を繰り返した結果自分たちが正しく使っていた用語を使えなくなるのは、納得がいかないことかもしれない。
しかし、もう手遅れなのだ。諦めるしかない。そう、「睡眠障害」に別れを告げるしかないのだ
「えーっ、 使えないならなんていえばいいの?」という声が上がるだろう。それもそれほど難しくはない。
「睡眠障害=不眠(症)という疾患」という使い方をしたい状況なら「不眠(症)」と言えばいい。「睡眠の問題」なら格好つけずに「睡眠の問題」でよい。
「Sleep Disorders 」という睡眠関連する疾患群を意味したいときは「睡眠関連疾患」といえばいい(http://www.j-kohyama.jp/pdf/立花今井.pdf 参照)
実はこの「睡眠関連疾患」という用語は拙著「極論で語る睡眠医学」においても意図的に使っている。最終的には用語委員会で「睡眠障害を使うな」と勧告を出してもらいたいが、用語というものは多数意見が重要視される。
残念ながら私のこの意見はまだ全然多数派ではない。多数派に至るにはもう少し草の根活動が必要だろうと思い、この原稿を書いている。
簡単にいえばこの記事を読んだ人は「睡眠障害」を使うのを止め、「不眠」と「睡眠の問題」と「睡眠関連疾患」を区別して使うことを今日から始めて欲しいのだ。

「患者、同僚、同志に正確に情報、知識を伝えたい」「用語を正しく使って議論がしたい」というのはアカデミアの基本である。
我々睡眠医学に携わる人間は、ごく入り口の用語における混乱が睡眠医学の正しい浸透を難しくしていることを認識し、さらに自分たちがこの問題を放置していることを猛省せねばならない。
そしてこのコラムを読んだあなたは、睡眠を専門にしているかどうかにかかわらず、周りの人達に「睡眠障害って用語、使ったらダメらしいよ」と優しくそれでいてきっぱりと伝えてほしい。
「えっ、じゃあ何使うの?」「不眠は不眠、睡眠の問題、そして睡眠関連疾患だって」「ふーん、なるほどねえ」という会話が日本中で広がることを切に願っている。賢明な読者にはわかると思う。
そう、私は「拡散希望」しているのだ。




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