日本臨床睡眠医学会
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第15回 脳神経内科帰属の議論から睡眠医学として考えること

2022 年 1 月 25 日

           


スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真


In the last analysis, we see only what we are ready to see, what we have been taught to see. We eliminate and ignore everything that is not a part of our practices.
—Jean-Martin Charcot, 1825–1893




皆さんが良い2022年を迎えていることを願って新年1回目の「スタンフォード便り」を投稿する。 さて、私は2022年の日本神経学会にリモート参加したのだが、私が参加したシンポジウムの一つのテーマが「脳神経内科は、専門科としてどうあるべきか?」というかなり長きにわたって議論されていたことであった。これは専門医制度とも関連があり、内科の一部であるべきか? 精神科と近い特性と歴史を鑑みて独立した科としてあるべきか?という議論だった。
このテーマは脳神経内科の研修医や将来の進路として考えている若き医師や医学生にとって非常に大きな問題なのだが、脳神経内科に所属していない方には大して関係のない話かもしれない。かく言う私も米国でキャリアを積んでいるので直接利害があるわけではない。しかしながらそのシンポジウムに参加して以来ずーっと考え続けていることがある。
何に引っかかっているかというと「脳神経内科が精神科に近い」と言う文言なのである。私自身が米国の専門医資格を持った脳神経内科医で精神科に所属している特殊な立場にあるし、その渦中にいる人間なので、この文言に反対しているわけではない。もちろん賛成の立場なのだ。しかし、私が声を大にして言いたいことは「今さら?」「まだそこの議論の段階なのか?」と言うことだ。
さて、「脳神経内科」と「精神科」は確かに近いのだと思う。認知症やてんかん学など歴史的にどちらの専門医も診療するオーバーラップする疾患も多いし、脳波や画像検査などのオーダーする検査も重複している。考えてみれば同じ脳を扱うのだから似通うのは当然だし、同じじゃない部分はお互いに取り入れてどんどん近づいている。サブスペシャリティもBehavioral neurology, Neuropsychiatryという どちらなのかわからない分野も出現してからかなり年が経っている。そして、今や私の周囲では脳神経内科なのか? 精神科なのか? という区別をしようとする努力は諦めて「脳なのだからどちらでみてもいいよね」→「脳なのだからどちらもみれないと困るよな」→「そもそも区別する必要がないのじゃないか?」という 認識の人間が増えてきている。
一方で私も日本でトレーニングを受け、診療していた経験があるので、脳神経内科と精神科の守備範囲を分けて考えたい人がいるのもわかる。多分、睡眠医学をせずに普通に日本で脳神経内科医として臨床に従事していたらそう考えているだろうし、実際にてんかん学や睡眠医学を専門にする以前の自分はそちらの考えであった。なぜなら守備範囲を分けておいた方が自分の臨床業務はわかりやすいし、専念し、単純化できるからだ。


しかしながら、私はもはや脳に関しては脳神経内科、精神科を分ける意味はどんどん希薄になっていくと考えている。このように私が考えるようになったのは私が米国にいるからと言うよりも、私のキャリアが睡眠医学を専門にしていることの方が大きい。睡眠医学に携わると脳神経内科、精神科だけに限らず、全身の診療科と関わり合うことが必須になる。そして、その診療科出身の睡眠専門医が生まれたり、元々の所属科は変わらないまま睡眠医学の診療をしたりするうちに境界が曖昧になってくる。そして、その境界に睡眠医学が介在することにこそ存在意義があると考えるようになる。そんな睡眠医学にいると、この脳神経内科と精神科が近いかどうかの議論がなんだか馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。境界領域にいるからこそ、境界の無意味さがわかってくるのである。
最近では脳研究のプロジェクトを行うときに脳神経内科、精神科分け隔てなくチームを組んだり組織を作ることが多くなってきた。そして、研究費を出す側も「multidisciplinary approach」などと言って複数の主任研究者が別々の組織出身であることを求めてくる。出資する側も境界領域を乗り越えるところにイノベーションがあると考えているのだ。おかげでもともと境界領域である睡眠医学は様々な科からの共同研究を持ちかけられるようになってきた。一昔前は「睡眠医学は境界領域でなかなかどこの科からも大事にされていないのですよ」と卑下して言っていたが、今や隔世の感がある。日本はどうだろうか? まだ、そんな状況にはなっていないかもしれない。しかしながら、この流れは止めようがないと思っている。「境界領域こそが研究の主流なのだ!」と言う気になってくる。


このエッセイを読んでいる皆さんは多かれ少なかれ睡眠医学に関わっておられる方が多いと思う。では、皆さんの所属は一体どうなっているだろうか?ちなみに前述したが私は脳神経内科医で、所属は精神科(Department of Psychiatry and Behavioral Sciences)の中の睡眠医学部門(Division of Sleep Medicine)だ。「脳神経内科医なのに精神科に所属しているなんて居心地悪いのではないか?」なんていう質問をする人はおそらく睡眠医学に関わっている人にはいないのではないかと思う。それはきっと多くの人達が似たような「睡眠に関わるためには仕方ないので睡眠医学科じゃない部門に所属している」経験をしているからだ。これは日本やアメリカだけではない「睡眠医学あるある」と言えるだろう。本来は横断的な人材を集めつつ独立遊軍的な動きをするような科として成立すれば一番わかりやすいし、診療も研究もしやすいのではないかと考えている。
私はこの境界領域にいる居心地の悪さこそが睡眠医学の強さであると考えている。境界領域にいることは、喜ぶべきことなのだ。
そして、最初の脳神経内科と精神科が近いかどうかの議論に言いたい。「近いとか遠いとかではない。脳は脳だ。」





このように脳を扱う科や分野は現行の分類では多いのだが、「脳」という臓器を対象にする限り、境界なく学ぶべきだ。

1. Perez DL, Keshavan MS, Scharf JM, Boes AD, Price BH. Bridging the great divide: what can neurology learn from psychiatry?  The Journal of neuropsychiatry and clinical neurosciences 2018;30:271-278.




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