日本臨床睡眠医学会
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第12回 理想の睡眠検査技師と睡眠専門医の関係とは

2019 年 7 月 29 日

           


スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真



理想の睡眠検査技師と睡眠専門医の関係とは
ーそしてCG先生、安らかにお眠りくださいー


CG先生が亡くなった。多くの睡眠医学関係者に影響を与えてきた巨大な存在であったのだが、私がスタンフォード大学睡眠医学センターで見た彼の働く姿から考えることは多く、執筆のヒントをたくさんもらった。実はこのエッセイも彼の姿を見て発想を得たものである。一度ボツになったが、再度書き直してみた。

さて、今回はこのエッセイの読者にも多いと思うが睡眠検査技師のこと(そこから睡眠専門医というもの)について書きたい。厳密には、米国のsleep technologist、翻訳するとしたら睡眠技士と、日本の臨床検査技師とは、その成り立ちもキャリアパスもあまり重なり合いがないのだが、ここでは、睡眠検査全般にかかわり、かつPSGの夜の記録にも携わる専門職としてとらえてほしい。この睡眠医学の業界において睡眠検査技師の果たす役割は大きい。PSG検査の装着、実施、スコアリングを「実際に手を動かして」行うのは睡眠検査技師である。もちろん日米で業務内容には多少の違いはある。ただ、睡眠検査技師に求められる知識や技術のレベルは高い。そのため米国では質を担保するためにRegistered PSG technologist (RPSGT)という専門資格がある( https://www.brpt.org/rpsgt/ 参照)のだが、英語ということを差し引いてもかなり内容が難しくレベルが高い。私もこれを受験したが、「このテストで聞かれているレベルが必要な専門職なのだよ」というプライドを込めたメッセージがビシビシと伝わってきた。ただし、皮肉なことにこの(プライドと)ハードルの高さ故に、米国では多くの睡眠検査施設が認定をもつ技師が確保できないという事態が生じた。本来トレーニングのレベルを上げる努力が必要なのだがビジネスとして成立しない状況では業界の死活問題である。その結果「入門レベルの資格」としてCertified PSG Technologist (CPSGT) https://www.brpt.org/cpsgt/というものができた。このウェブサイトを見てもらえればわかるが、確かに「入門レベル(Entry level)」と書いてある。「 入門レベル(Entry level)ってなんだそりゃ?なめとんのか?」と思うが資本主義の前には頑なに理想を述べても通らない。というわけで奇妙な2段構えの専門資格制度になっている。今後変化する可能性もあるので頻繁にチェックした方がよい。

さて、睡眠検査技師の業務内容は国によっても変わるし、同じ国でも施設ごとに多少の差はあるだろう 。ただ共通して言えることは睡眠検査技師が「最も睡眠を直接観察している人達」ということである。これこそが強力な魅力であるし、はまると抜けられない理由なのだと思う。そして、おおきな「強み」でもある。 そしてこの強みは睡眠検査技師に他の睡眠に関わる職種にはない睡眠に対する造詣を与える。この強み故に半端に睡眠に関わろうとする医師では睡眠に関する知識も愛情も睡眠検査技師と釣り合わないことになる。

さて、2016年に私はDelta activity at sleep onset(DASO:デイゾ、もしくはダソとよんでやってください)という入眠時デルタ波の論文を書いた。日本でもアメリカの学会でも発表したのだが、ポスターを見に来てくれた日本の若い睡眠検査技師の方達が「(技師1)あ、これ老人でも見ますけどよく似た波形は子供でもみますよね」、「(技師2)だよねー」という内容の指摘の鋭さと懸け離れた今時の話し方でコメントしてくれた。私がずっと抱いていた疑問でもあったので、嬉しくなって「そうなんだよねー」と思わず私も若者言葉で合わせた。おそらく彼女達の日々の豊富な経験に系統だった知識が組み合わせさればかなりのレベルの神経生理学の理解に達するのではないかと思った。そして、その後「困ったな」と思ったのである。なぜなら睡眠検査技師のレベルに睡眠専門医を名乗る医師達のレベルが全然見合っていないのではないかと思ったからだ。

そう、最近の医療体制の中で睡眠専門医が夜間に働くことはまずない。これは日米ともに変わらない。書いていてちょっと怖くなってきたが「睡眠専門医が睡眠を直接観察することは(ほぼ)ない」のである。もちろんPSGで記録した睡眠を「後で読む」ことはするが、それは当然いろいろな手が加わった「記録」である。私も嬉しがって「スタンフォードで睡眠医学フェローシップをしました!」などと履歴に書くのだが、スタンフォードを始めとする睡眠医学フェローシップの1年間で実際の装着、アテンドする機会は年間数回である。 睡眠医学フェローシップはPSGの判読と外来診療がトレーニングの主な内容である。それに引き換え睡眠検査技師は睡眠を定期的に直接観察している。これは強い。まさに「睡眠の現場」にいるのである。なので、米国でも睡眠専門医試験を通ったばかりの「新米の睡眠専門医」では全く睡眠観察の経験値で睡眠検査技師に太刀打ちできない。

ちなみにスタンフォードには勤続年数20年を超えるような主(ぬし)のような技師が数人いる。数年前に立花先生がスタンフォードに見学に来られたときに「あら、◯◯さん(技師のファーストネーム)、私が留学していたころにもいたわよね。」「あら、お久しぶり。」という会話があった。このような古参の睡眠検査技師に言わせれば「フェローシップで2−3回の装着を練習して睡眠の何がわかる?」というところだろう。私は将来睡眠専門医育成のプログラムの責任者になったら週数回の装着を1年間続けることを義務付けてやろうと虎視眈々と狙っている。

そして、実は睡眠研究者の方が、睡眠専門医よりもPSGを装着する機会は多いかもしれない。かくいう私も自分の研究のために必死でPSG装着をしているので本当に役に立っている。フェローシップだけでは全然足りていないところだった。おかげでPSG装着のちょっとしたTipsの大切さもわかる。私よりも少し上の世代で睡眠研究も睡眠医学も特に境界なくおこなっていた医師兼研究者のような人たちには「睡眠を直接観察しないで何が睡眠専門医だ?」と言われそうだし、全くもってその通りだと思う。偉そうに睡眠医学フェローシップがある米国ですらこの体たらくである。

確かに、別に直接睡眠を観察しなくても睡眠外来はできるかもしれない。だが、睡眠検査技師と議論できるだろうか?睡眠専門医に求められることの一つに睡眠検査室のquality assurance(検査の質の維持、保証)がある。睡眠検査そのものの質を担保するのは技師と医師がお互いに切磋琢磨というか相互監視しあう緊張感が必要である。例えば、あなたが睡眠検査技師であなたの施設に新たに赴任してきた自称「睡眠専門医」が全然睡眠検査の実際を知らなかったらどう思うだろうか?そして、睡眠検査のことにその医師が口を出そうものならどうだろう?睡眠専門医を名乗る医師がよく「あの技師に任せておけば大丈夫」というが、本来は技師と医師の実力が均衡していて「あの技師と(専門医の)私がいるので大丈夫」でないといけない。

このコラムでよく登場するCGことギルミノー先生は本当によくPSGを読む。というか現行のPSGというものを作ってきたのが彼を含めた初期のレジェンド達なのだから当たり前だともいえる。そして彼は技師を捕まえていろいろと(よく言えば)リクエストなり質問をする。悪く言えば文句を言ったり叱責したりする。どうだろうCGのような医師と一緒に働けば緊張感を持って働けていい仕事ができると思えないだろうか? (注:この原稿はギルミノー先生がご逝去される前に執筆したものです。)

睡眠検査技師と睡眠専門医の関係で言えば、現時点では医師側に睡眠観察の経験が足りないのではないかと危惧している。何としてでも睡眠専門医を目指す医師が睡眠を直接観察する機会を増やさねばならないと思う。そして、それが睡眠検査技師と睡眠専門医のいい関係をつくると信じている。CGとスタンフォード睡眠センターの睡眠検査技師の関係を目指したいものだ。




私も一生懸命PSGを「昼間」に読む。




私の隣には睡眠検査技師(彼もかなりキャリアが長い)がいてその奥にはCGがいる。
彼がいる時と出張でいない時の技師達の緊張感の差が笑えるほど大きい。
(写真提供は大阪回生病院 睡眠医療センター 睡眠検査技師 村木久恵さんです。)

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