日本臨床睡眠医学会
~日本に境界なき睡眠医学を創る集い~

サイト内検索▶

「睡眠関連疾患の診療の標準化に向けて」レポート

2011 年 9 月 26 日

 過去のISMSJ学術集会を振り返ってみると、第1回では明文化されたテーマこそなかったが、異なる環境や立場の人間が「睡眠」という共通語のもとに集う学術集会、という明確な目的が掲げられた。プログラムにはその仕掛けが散りばめられ、実際にさまざまな職域の人間が互いに交流を深めることができた。

 第2回は「Back to the Basics −考える診断、考える治療−」というテーマのもと開催され、睡眠生理を基礎から理解し、臨床に昇華させるためのプログラムが満載で、やはり盛況であった。

 

 第3回となる今回は、「睡眠関連疾患の診療の標準化に向けて」というテーマのもとで開催された。この「標準化」という言葉は,解釈が簡単なようで難しい。医療においては「標準化=治療ガイドラインづくり=薬をどのように使うか」と誤解されかねないからである。しかし組織委員長の言葉を借りれば,真の標準化とは“患者中心の睡眠医学を確立する”ことであり、その第一歩は,睡眠医学に関わる者がまず“睡眠生理とスリープヘルスという共通語を皆で身につける”ことと理解される。この目的のため、今回の学術集会では「睡眠関連疾患診療医と睡眠技士のための診療指針」という専門教育プログラムが全日程の半分を占め、さらにMadeleine Grigg-Damberger教授らのてんかんの講義が盛り込まれた。

 今回のメインのひとつとなった専門教育プログラムは、
(1)SAS診療において簡易モニターをどう利用するべきか
(2)SAS診療における機器処方と管理はどうあるべきか
(3)夜間の異常行動:PSGをどのようにいかすか?
(4)RLSの診療:4つの診断基準項目で済むのか?
(5)眠気の診療:何でもSASと短絡しないために
(6)不眠の診療:自動睡眠薬処方医にならないために

の全6セッションで構成された。このうち(1)では簡易モニターの特性と限界について実例を交え、間違った使用方法や解釈がなされないようにするための指針が示された。また(4)では、まず冒頭でRLSがスポンサードバイアスにより一部正確でない啓発がなされていることが断られ、続いて最新の文献報告に基づいて、診断上の問題点、病態、治療およびその課題について詳細な講義がなされた。(6)では、不眠症治療について、まず薬ありきでなく契機や要因をさぐる必要性が、演者のユニークな語り口と共に示された。さらに(3)や(5)では,(ある意味ISMSJの良心と言えるかもしれないが)自らの失敗談をもとに、医師と睡眠技士とで共に試行錯誤しながら診療の質の向上が図られている様子が伝えられた。すべてのセッションで共通した目的は、医師と睡眠技士とがチームとして機能するために必要な基礎知識の習得であった。

 このため内容は過度にデータやエビデンスに偏らず、あくまで実地に基づいており、誰が聴いても「うんうん」と相槌を打てたり、「ああそうだったのか」と感嘆できるものであった。中には「社会のカラクリ」から講義が始まるものもあって、驚かれた方も多いかもしれない。しかし、単に教科書的な事項を聴くだけでなく、例えば今日のスコアリングルールができた背景を社会的背景からも学び、問題点も含め理解できるような学術集会は、本邦では多くないと思われる。

 Grigg-Damberger教授と立花直子先生による「睡眠専門医と睡眠技士のためのてんかんの基礎知識」では、夜間のてんかん発作による異常行動のVTRがいくつか提示され、活況であった。VTRセッションと聞くと、どうしても異常行動の派手さのみに目が移ってしまいがちである。しかし本セッションでは、異常行動が起こるメカニズムについて、実際の脳波・PSGデータを交えて解説がなされ、大変理解しやすい内容であった。無論英語のセッションであったが、Grigg-Damberger教授のご厚意と今回は帰国できなかったがヒューストンの河合真先生の翻訳と立花先生の編集により、和訳入りのバイリンガルスライド資料が配布された。このため参加者は、滅多にない詳細な講義を食い入るように聴講していた。私が特に印象に残ったのは、今回の内容の多くが自身で実際に異常行動を観察された臨床経験がベースになっていた点である。この点で、やはり講義の説得力が異なるし、質疑応答も的を得ていてわかりやすかったように思う。アメリカでは夜間異常行動を呈する病態は神経内科医のテリトリーと聞いていたが、その最たる臨床と教育の経験を積まれた先生の話を聞き、驚嘆の念を抱かざるを得なかった。

 今回のテーマに戻るが、これらのプログラムは、あくまでも“標準化(=患者中心の医療のために皆で共通語を身につける)”に向けた基礎知識の習得が目的であった。しかし背景には、医師と睡眠技士とのinteractionであったり、直接睡眠中の現象を観察することの重要性であったり、睡眠リテラシーであったりと、睡眠診療の成熟に向けたメッセージも随所に込められていた。ISMSJによる睡眠診療の標準化への取り組みは,これからも続いていく。

(名古屋市立大学 神経内科 小栗卓也記)