日本臨床睡眠医学会
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第5回 ネットワーキングって何?

2015 年 11 月 2 日

           


スタンフォード大学 睡眠医学センター
                河合 真

アメリカで仕事をしていて時々辟易することの一つに「今まで別に当たり前にやっていたこと」に「なぜか立派な名前が付いていて専門家がいたりすること」がある。例えば、 誰かを教えるとか、外部講師を呼ぶとか、チームを作るとかといったことが「コーチング」なんて立派な名前が付いていてそれ専門の業者がいたりする。「はあ?会社や医療にコーチって何やねん?アメフトか?」と思うが、知らないうちにこの概念は市民権を得ていて私の意見は少数派に追いやられている。それと似た様な感覚に襲われる言葉に「ネットワーキング」という言葉がある。これは平たく言えば「人脈を作る」ということである。ならばそのまま「人脈を作る」「知り合いを増やす」「飲み会に出席する」「パーティーに出る」と言えばいいのだが、医学の中ではちょっと特定の文脈で語られることが多い。

最初に「おっ?」と思った出来事は現在のリサーチフェローを始めた去年の秋頃にレクチャーで先輩フェローが書いた自分のトレーニングの延長のための申請書類を皆で批判的吟味をしたときである。ちなみに、こういうちょっと自分のメンターとだけ内密に話したいような書類を公に出して議論するのも極めてアメリカ的だと思う。なぜなら、このトレーニング延長の目標というのは「この分野で独立した研究者になり、さらに成功をおさめること」なので謙虚さはどこかに置いておかねばならない。全く日本人のメンタリティーとは相容れない。「自分がいかにいいトレーニングを受けてきたか?」「自分のやろうとしている研究がどれほど自分の成功のために必要か?」「そのためにどんなトレーニングがさらに必要か?」ということを臆面もなく披露するわけである。そして予算申請があるわけだが、その中に「私が成功するために学会に定期的に出席しネットワーキングをしなければならない。そしてそのために年間◯◯ドル計上する。」なんてことが書かれる。で、ここで「はあ?ネットワーキングって何?」と私は思ったわけである。そんなこと言いだしたら、旧友と学会で久しぶりに会って一杯飲みに行くのも昔のネットワークを復活させる「ネットワーキング」だろうし、さらに気の合う知り合いと夕食に行くのだって現存するネットワークをさらに強固にする「ネットワーキング」だと強弁することは可能だ。その時私のメンターは 「いや、この学会だけではネットワークには不足だ。この別の学会にもでるように書き直せ。」などという議論を大真面目で行っていたのだが、私は少々バカにしつつ聞いていた。

そんなわけでネットワーキングをバカにしたまま月日は過ぎたのだが、今年になって強制的に認識を改めさせられる出来事があった。まずある日メンターに呼び出されて、「マコト、Geriatric Psychiatry(老年精神医学)の若手研究者のトレーニングキャンプがあるから応募しろ。」といわれ応募することになった。結構人気のキャンプなので単なる応募に 履歴書から数ページにわたる研究計画まで提出させられた。その上わざわざニューヨーク州のコーネル大学まで出張していかねばならない。何より誰も知り合いのいないグループで5日間も一緒に朝から晩まで英語で生活しなければならないのが億劫だった。とりあえずメンターの顔を立てるために応募したが、「落選したらいいなあ。」などと不届きなことを考えていると見事に当選してしまった。

というわけで6月の第2週にコーネル大学精神科主催の老年精神医学若手研究者キャンプ(Summer Research Institute in Geriatric Mental Health)という名の虎の穴に参加することになった。全ての費用は主催者もちで空港からホテルまでリムジン送迎があったりしてかなり贅沢だった 。メンターたちはこの道で功なり名を遂げた研究者たちで、専門分野もかなり分散していた。睡眠分野もピッツバーグ大学からCharles Reynoldsという専門家がきていた。内容は講義、ワークショップ、個人面談に分かれていた。まず、講義では「履歴書の書き方」「Personal statementの書き方」「推薦状のもらい方」「出世の仕方」などというキャリア形成に必要な知識をこれでもかと詰め込まれた。さらに、NIH(米国国立衛生研究所)から講師がきて「研究費をとるには?」「研究費決定の舞台裏」なんていう講義があった。

さらに少人数のワークショップがあり、自分の研究の紹介をスライド10枚でやらされてダメだしを繰り返された。

あと、自分でメンター達を選び個人面談で自分の研究テーマについてアドバイスをもらえる時間があった。このアドバイスというのがかなり役にたつものだった。こういう年を経た研究者にあって、若手研究者にないものの一つに「どこで誰がどんな研究をしている」という情報である。「ああ、そこに興味あるならあの研究者に連絡とればいい。」「そこに行き詰まっているなら、あいつの研究所は順調に結果出してるよ。」なんてことである。

というわけで昼間のセッションは自分の研究のブレークスルーになりそうなアドバイスをもらったり、自分の弱点である自分を積極的に売り出す方法などを学べたりで非常に有意義だった。

ところが、これでは終わらなかった。ここから本題のネットワーキングが始まるわけである。普通、学会などだったら昼間は仕事の関係で挨拶したり、名刺交換したりをしても夜は結構気心の知れた知り合いと一緒に夕食に出かけたりできる。パーティーがあったにしても1-2回である。しかし、この虎の穴は逃がしてくれない。結局都合5回の夕食があったわけだが、4回は全員集合してレストランでキチンと座って夕食をとらされた。もちろん毎度毎度違うメンターが「気を使って」話かけてきてくれる。「頼む、放っておいてくれえ。」と思うが次々話したことがないメンターがやってくる。その上で若手の研究者の参加者たちとも話さねばならない。まさに、social talk地獄である。 あれを耐えた自分を褒めてやりたいと思う。その上で1回はホスト施設のコーネル大学の精神科チェアマンの自宅でホームパーティーがあった。(結局自由に取れる夕食は1回もなかった。)以下に写真を載せる。 最初は「なんとか早くホテルに帰って寝てしまいたい」と思っていたが、これだけ激しいネットワーキングをさせられると生き残りのために「英語の壁」とか「人見知り」なんていう感覚は麻痺した。おかげで最後にはほとんどのメンターと知り合いになることができた。これは別に私が積極的に頑張ったわけではなく、強制的に参加者全員が知り合いにならされたといってよい。もちろんこれだけ耐えたのだから、良い点もある。最近、別の学会がありこのキャンプで出会ったメンターたちと再会した。地獄のネットワーキングに耐えたおかげでまるで旧年来の知己のように振る舞うことができ非常に快適であった。

この経験から言えることは今までの私の学会でのネットワーキングなんて「まるで甘ちゃん」だったということである。それは英語でのコミュニケーション能力の低さということもさることながら、「ネットワーク作ってやる」という気概に欠けていたことが大きい。その気概に欠けていることを「人見知りだから」「コミュ力低めなので」などという言い訳をしていた。「不言実行」だの「無口な職人気質」なんてことを言って逃げている場合ではないのである。

では、日本にいる皆さんに具体的に何ができるだろうか?できることは実は山ほどある。例えばよく日本の学会で海外の偉い人を招聘するが、あれもネットワークを作る絶好の機会である。なぜなら、ああいう偉い人は海外の学会だと取り巻きが多すぎて近づくのが難しいことが多い。日本の学会だと一人くらい人を介するぐらいでじっくり話ができたりする。その時に「自分が何者で」「自分がどのようなトレーニングをうけて」「現在のポジションがどんなもので」「短期的なゴールはなにか」「長期的なゴールはなにか」をCVと著作の別刷りと一緒に話せばいいのである。偉い人との食事会があったら食事をしている場合ではない(自分も反省)。英語能力が低いと思っているならば印刷したものに頼ればいい。この方法は日本人の偉い人に対しても通用する方法である。「何を話していいかわからない」のは「話を用意していない」からである。話下手こそ、ネタを準備しなければならない。

あと、学会を運営する側で海外から偉い人を呼んでくる立場の人に言いたい。招聘した偉い連中は学会以外で自分の施設を見せ、症例検討させ、若手とどっぷりネットワーキングさせてほしい。「観光したい」というなら留学希望の若手をつけてせいぜい一日中仕事の話をさせればよい。若手全員に CVと別刷りを用意させてそれでカバンをあふれさせてやればよい。「うっわー、日本に呼ばれたけど大変。」と思わせて欲しい。実は彼らも「自分くらいの実績と政治力とネットワークがある人間に若手は当然寄ってくるだろう」と覚悟している。この「次世代の育成に貢献しなければならない」という考えは海外の偉い人達には絶対にある(もちろんない人も稀にはいるが、そんな人を招聘してはいけない)。だから、接待だけだと彼らも拍子抜けするし、「なんで呼ばれたのやろ?」と不思議に思う。彼らのネットワークに飛び込む、彼らを自分たちのネットワークに取り込んでほしい。これが正しい招聘の姿であって、接待と決定的に違う点である。

最後にネットワークの力は強力であるといっておこう。ネットワークが人生を変える。実際にこの虎の穴でできた新しいネットワークのおかげで研究費の申請の重要なアドバイスをうけることができている。それだけではない。私がスタンフォードにいるのは紛れもなくISMSJで作ったネットワークのおかげである。Sharon Keenan先生、 Mary Carskadon先生通じてスタンフォードに興味が湧いて、Phyllis Zee 先生にfellowshipの相談をして、立花先生にAnstella Robinson先生を紹介してもらってスタンフォードに行くことができた。 全くもって人は人との関わりでしか変わることができない。人生の壁にぶち当たった時、それを打ち破るのはネットワークなのだと思わされる今日この頃である。

https://mentalhealthtrainingnetwork.org/institutes/sri/home

パーティーでの写真。それに加えて毎日の夕食会に全員参加させられた。全く知らない人たちと5日間ネットワーキングさせられた。不思議なもので英語の壁とか人見知りとかという感覚が麻痺して最後は快適に過ごせた。




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