第2回 ISMSJ学術集会のCEC対象プログラムの狙い

-睡眠技士と睡眠専門医を志す方へのmessage-

 現在、日本でRPSGT(registered polysomnographic technologists)資格を取得されている方は、約120人おられます。大部分は、日本で臨床検査技師として病院に勤務されている方ですが、医師も10名混じっています。米国ではRPSGT資格をもっていることは、その人が米国型の睡眠センターやラボで十分に機能することができるという一種の証明であり、就職にも有利であったり、昇給につながったりしますが、この資格を取ればそこで上がりではなく、RPSGTは、その後も引き続き最新の知識と技術を身につけるために学習を続けなければならないということがコンセンサスとなっています。(http://www.brpt.org/ 参照)。そのため、RPSGT資格は、5年ごとの更新が必要であり、その条件として最低50時間の学習が要求され、CEC(continuing education credits)を取得したことでそれを証明するというシステムになっているのです(1時間が1creditに相当します)。北米のRPSGTにとっては、この条件をクリアするのはそれほど困難ではなく、毎年開催されるAAST(American Association of Sleep Technologists)の年次集会に出席すれば、50creditsを取ることは容易です。また、RPSGTの方たちが多くおられる睡眠センターでは、日常的にconferenceが開かれていますので、定期的な分については、あらかじめCEC対象となるように施設側が申請しておくことで、CECが取れます(申請にはお金がかかります)。

 一方、日本では、こういったCECが取れる機会が少ないため、多くのRPSGTの方たちは苦労されていると思いますが、一度、なぜ自分はRPSGTという資格を取ったのか、そして、またなぜそれを維持しようとしているのかを自問自答してみて下さい。一部の睡眠専門施設に勤務されている方を除くと、普通の病院では、RPSGTをもっているからといって給料は上がりませんし、睡眠検査ができる人ということでかえって仕事が増えた方もおられるでしょう。したがって、いったんなぜか取ってしまったので、何とかしておきたいという気持ちのみで維持するには、見かけのcost-performanceは悪い資格かもしれません。でも、一度、よく考えてみて下さい。日本では、まだ「睡眠医学」というものが確立していないのです。一般人にも医療従事者にも、「睡眠で困ったときに対応してくれる場所や医師」が見えてきていないのです。さらにその医療を成り立たせるには、PSGが必要であり、そのPSGの担い手が(日本ではまだ確立していない)睡眠技士であり、診療の中で睡眠専門医と呼ばれるには、PSGをどのように利用して、それを解釈するかができなければならない、という米国では当然のことが、理解してもらえていないのが日本の現状です。日本に睡眠医学を確立していくには、RPSGTの人たちが中心となって世の中を変えていくしかないと思います。米国のRPSGTが日本で一般的に考えられている「検査技師」と一番違うところは、検査をするだけではなくて、「睡眠医学」に積極的にかかわり、医師や研究者とともに働き、治療にも関与し、1人1人が職業としてのidentityをつくり、次世代を育てなければならないと強く思ってきたことでしょう。

 したがって、今回の学術集会では、米国でもSleep Medicineなる概念がなかった時代から、一貫して睡眠に携わられている方たちをお招きしています。シンポジウムは、基礎的な話で難しいと感じられるかもしれませんが、脳を扱っている以上、毎日のPSGの中に隠れた真実があり、そのすべてはまだわかっていないのだという新たな認識につながれば、うれしいことです。米国では研究施設で働かれる、RPSGTの方も多くおられます。会長講演、特別講演とも「発達」に関連する話ですが、小児において、いかに睡眠が大切か、またそれを社会に伝えていく役割もRPSGTには要求されていることを実感して下さい。そして、専門職向けサテライトセミナーは、睡眠医学で必要とされる技法をどのように伝えていくのかを学んでいただくことを目的としています。したがって、睡眠技士のみならず、睡眠技士といっしょに働く機会のある医師、自分もRPSGTを取ってみたいと思われている医師も対象ですので、RPSGTとして参加される方は、同じ職場の医師を連れてくるのに良い機会かと思います。参加者をISMSJ会員に限定した意味は、こういったISMSJのCECについての見解に共感できる方に便宜を図りたいということからです。したがって、CEC申請のための手数料も取らない方針です。

「専門職向けサテライトセミナー」の案内ちらしはこちら

 最後に、CECを取ることは、日本にいても、非常に困難というものではなく、種々のインターネットでの学習等を利用することでかなり楽になります。そういった情報も、この学術集会で伝えられるよう工夫していきます。

ISMSJ前代表 立花直子 記

ヒューストン便り
~米国臨床睡眠医学の現場から~

  第1回 Introduction
  第2回「私がなかなか睡眠外来をやらせてもらえない」理由
  第3回 現代医学と睡眠について~生理的であるということ~
  第4回 無知である罪~不眠を甘く見ず、恐れない~
  第5回 睡眠医学とコスト
第6回 マーケティングと市民講座考
    ~宣伝とそれが招く結果について~

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第6回 マーケティングと市民講座考



           テキサス州ヒューストン メソジスト病院 
              神経内科神経生理部門 河合 真

マーケティングと市民講座考 ~宣伝とそれが招く結果について~

 現在私が勤務しているメソジスト病院は民間病院である。民間病院であるがゆえに、マーケティングや宣伝には相当な力を入れている。

 毎年US News and Reportという全国紙に出る各科ランキングで私の所属する神経内科部門は2009-2010年で全米13位(⇒参照)であった。また、Fortuneという経済紙のBest Companies to work forという一般の会社もいれた働きやすい職場ランキングで全米17位にランキングされた。(⇒参照)ここで知ったことだが、何と従業員1万人を超え、年間売上が18億3900万ドルの売り上げだそうだ。(1ドル100円で円換算すると1839億円!)1000床規模の病院であるので大きな病院であることは確かだが、にわかに信じがたい数字である。

 これらのランキングは勝手に雑誌がやってくれるわけではなく、どうやら相当な宣伝や交渉をしているようである。もちろん病院にはマーケティング部が存在し、マスコミ担当、自社発行誌担当、ウェブ担当などにそれぞれ人員が配置されている。「何としてもランキングをもっと上げないと」ということを実際に言うマーケティング担当者がいる。「別にランキングのために働いているわけではない」と時々“のり”についていけないことがあるが、本気で頑張っているマーケティング担当者の人がいるので黙っている。黙っているだけで済んでいればいいのだが、時々このマーケティングに否応なくかかわることがある。

 私が赴任したときも、「マーケティングの写真撮影があります」といわれて「たかが写真撮影だろう」と思って指定された場所にいくと、プロの写真屋のみならず、プロのメイクの人が待ち構えていて私の顔をいろいろといじった後、いろんなポーズを取らされ撮影された。何に使うのかと聞くと、「あら、いっぱいよ。パンフレット、ウェブサイト、発行誌などなどよ。あなたを売り出さないと!」という答えが返ってきた。医師という職業上あまり一般の人に顔をさらしたくないと思っていたのだが、そんな思いとはまったくお構いなしに進行していった。

 さらには、インタビューをするといって「マスコミ担当」のやり手そうなお姉さんがやってきて「興味のある分野は?」「ふーん、てんかんと睡眠ね?」「てんかんはあまり一般うけしないけど、睡眠はうけるのよねえ、テレビ、ラジオ、新聞にも出やすいのよ。」と話がすすみ、あわてた私が「いやあ、私は新聞とかラジオとかテレビは経験ないしちょっと、、(と京都出身者としては断ったつもり)」というと「あら、大丈夫よ。新聞とかテレビにでることになったらちゃんとマスコミ対策喋り方トレーニングしてあげる」と言われた。

 いまのところマスコミからの取材申し込みはないのだが、彼女は「やり手」らしく、いつ私の日本語なまりの英語を一般に公開しなければならない事態になるかもしれないと戦々恐々としている。

 日本の病院でも広報担当者がいるとは思うが、こんなマーケティング部門を持つ病院は聞いたことがない。今でこそランキング本が出回ったりしているが、日本では患者さんが病院を選ぶ基準は、いまだに評判、紹介などであると思う。大半の病院で医師の数も足りておらず患者が殺到されても困るので、医師が「もっと患者に来てほしい」と思っている場合はあまりない。

 以前にも書いたが、ここテキサスメディカルセンターでは医師があふれかえっている。テキサス州のみならず、近隣の州からも患者が殺到するが、それを軽くこなすだけの医師が勤務している。睡眠の分野も競争が相当激しい。総合内科医達へ患者を紹介してもらえるように挨拶まわりをするなど、日本では経験したことのないことを数々行った。

 また、一般向けの宣伝も相当なお金がかかっている。ラジオCMやテレビCMを流すことはざらである。変わったところでは、「睡眠時無呼吸症候群で日中の眠気がある患者さんはきっとコーヒーショップに来るに違いない」というわけで、近隣のスターバックスで新規患者の獲得を狙って臨時眠気相談所を開設するということを行った。たしかに、そこまでやるか?と思うが、受け皿が大きいので全く問題にならない。患者を獲得すればそれだけ収入が増え、予算の配分も増え、人員も増え、発言力も増して、病院での地位も向上するというのが米国の病院におけるサクセスモデルなのである。

 さて、一般の方向けの宣伝として今日本でも睡眠に関する市民講座が結構開催されている。効果のほどは定かではないが、ある程度受け皿となる睡眠クリニックがあった睡眠時無呼吸症候群(OSAS)ではそれほど問題も生じなかった。OSASでは睡眠ポリグラフ検査(PSG)で客観的に診断ができることも混乱をを最小にした理由なのだと思う。持続陽圧呼吸療法機器(CPAP)の指導管理料で採算がとれることも大きかった。

 しかしRestless legs syndrome (RLS)(「むずむず脚症候群」と日本では呼ばれているが、ICDの正式の日本語訳は下肢静止不能症候群となっている)では状況が異なる。RLSのように患者さんの主観的な訴えが診断基準で、客観的な診断方法がなく、ゴールドスタンダードが「エキスパートによる診察」という疾患では注意が必要である。Mimics(よく似たものという意味の英語)と呼ばれる、RLSと同じ症状を訴えるが、実はまったく異なる疾患の患者さんが混じってくる。RLS mimicsには、身体表現性障害や末梢神経障害といったその鑑別が睡眠専門医でも困難なものがあり、さらに丁寧な病歴聴取が必要になる。米国睡眠関係学会連合集会や世界睡眠医学会でもRLS mimicsは大いに問題になっていた。そもそも、このような主観的な症状だけの疾患が脚光を浴びたのは、不定愁訴として片づけられていたこれらの患者さん達の中にドパミン作動薬で効果がある患者さんたちがいることが分かってきたためである。そのためにドパミン作動薬を作っていた製薬会社がこぞって宣伝に資金を投入し始めたという背景がある。

 既存の薬が別の疾患に効果があるとわかって適応が広がること自体は、医学の世界ではよくある。しかし、実は診断がとても難しい上に治療も難渋することがある疾患に関する市民講座を、受け皿が全然足りていないような地域で行うことは相当大きな問題を引き起こす。もともとRLSは診断にも時間がかかり、客観的検査もないので説明にも時間がかかる疾患である。そういった患者さんが殺到すれば、日本の保険制度上必ずそのクリニックは赤字になる。それでも、別に訪れる患者さんに罪があるわけではないので良心のある睡眠専門医は頑張ろうとして疲弊する。逆にそういった事情を知らされていない患者さんからは、「なぜもっと診てくれないのか」と不満をもたれることにもつながり、まっとうな医師-患者関係の形成の妨げにもなる。

 また、経済的にペイしないような疾患の診療体制を急に大きく広げるようなことは不可能である。その上、医師の技術料や専門性による差が診察料に反映されない日本では、RLSの患者がどんどん増えてもこの診療担当医は赤字を出し続けているという判断を病院側はするであろう。これは製薬会社のマーケティング戦略の根本的な誤りである。まず、受け皿となるべき医師の教育を何よりも優先すべきであろう。「困った時には睡眠専門医へ」といってもその睡眠専門医が全然足りていないのだからお話にならない。といって製薬会社を批判するのは簡単だが、我々睡眠専門医としても彼らにきちんとしたマーケティングをさせるようにコントロールする義務があったと思う。そこが、日本の睡眠医学が未熟であるといわれても致し方ない部分である。

 もちろん集会の自由が認められた民主国家なので市民講座を開くのは自由である。が、そもそも市民講座を開く理由やメリットはなんだろうか?いろいろ考えられるが、例えば「疾患に対する差別などの誤った認識をただす。」「感染症(HIVなど)で予防法を広く知らしめる必要がある」「比較的罹患率の高い疾患で、放置すると危険で、治療法が確立していて医師の教育が済んでいるが、一般の人たちの認知が進んでいない」場合などがあると考える。RLSの場合はどれにもあまり当てはまっていなかった。

 好むと好まないに関わらず、経済活動と医療は密接に関係がある。少なくとも「自分がこのマーケティングを行ったら(もしくは加担したら)どういう結果になるのか」を想像し、取捨選択することが求められている。この病院でさんざんマーケティングに加担させられたが、流されるまま自分の加担したマーケティングが変な結果を招かないようにと祈るのみである。



US News and world report誌のウェブサイト上で神経内科、脳外科部門。おなじみの病院がトップ3を占めている。その中でメソジスト病院は13位にランキングされた。だからといって何かが変わるわけでもないが、肉食系な人たちにとってはこのランキングを徐々に上げていくという作業は結構モチベーションが上がる作業のようだ。面白いのは発行誌も是非このランキングを宣伝に使ってくださいと書いていることである。まさに相乗効果を狙っているのであろう。


フォーチュンという経済誌での働きやすい会社ランキング。結構聞いたことのある会社に混じって自分の病院が載っているのは不思議だが、医療がビジネスとして認められているという証ともいえる。

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